こんばんは。長南です。
今回は、編集後記で重要な連絡がありますので
楽しみにしていてください。
それでは今回は、7回シリーズの4回目ですので、
これまでの話の流れを確認したいと思います。
まず、私たちが苦しんでいるのは、
お金や物がないからかと思いましたが、
そういうものは有無同然です。
お金や物が有る人も、
そのために苦しみ憂い、不安や心配を抱えていますので、
苦しみの原因とは言えないと分かりました。
それが分かりますと次に、
それなら自分の欲の心が原因なのかと、
一歩進みます。
ところが、欲の心の場合、
限りなく欲しがるので、満たしきることもできません。
ではなくせばいいのかというと
「煩悩具足の凡夫」と言われる
煩悩でできている私たちは、
比叡山にこもってどんなに難行苦行しても、
歴史上1人も煩悩をなくすことはできなかった所まで
お話ししました。
では仏教では、本当の苦悩の根元は何だと
教えられているのでしょうか?
今回は、その秘密が明らかになります。
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11月24日 504号 ステップその4
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■仏教に教えられた苦悩の根元の秘密
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▼比叡山で20年間血のにじむような
難行苦行をなされた親鸞聖人は
「苦悩の根元は煩悩ではなかった」
と、こう教えられています。
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真の知識に値うことは 難きが中になお難し
流転輪廻の際なきは 疑情のさわりにしくぞなき(親鸞聖人)
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「流転輪廻」は「るてんりんね」と読みます。
「流転」も「輪廻」も車の輪がはてしなく回るように
同じ所をぐるぐる回るということです。
そこに何の変化もなく、終わりはありません。
これで満足ということがない。
これで安心ということもない。
これで行き着いたということのない、
果てしない道です。
これほど苦しいことはありませんから
流転輪廻は苦しみのことです。
「流転輪廻の際なきは」とは、
苦しみが際限もなく続くということです。
生まれてから今日まで、次から次と苦は色を変えてやってきました。
今も来ていますし、今からも来ます。
死ぬまで私たちに、苦しみが際限もなくやってきます。
徳川家康が天下をとって征夷大将軍になりましたが、
死んで行くとき、
「人の一生は重荷を背負って遠き道を行くがごとし」
と言っています。
「人の一生は」とは、この家康の一生は、ということです。
「重荷」とは苦しみのことですから、
「私の一生は、死ぬまで重荷がおろせなくて、
苦しみながら死んでいかねばならなかった。
それが私の一生であった」
と家康は言っています。
「遠い道」とは、これで行き着いたということのない、
果てしのない道です。
日本の天下をとっても、
征夷大将軍にのぼりつめても、
徳川幕府を開いても、死ぬまで苦しみが次から次と、
際限もなくやってきた。
家康でさえそうですから、
すべての人が幸福になりたいと思いながら、
幸福にはなれずに次から次へと
色々の苦しみ悩みが押し寄せてくる、
ということです。
すべての人は流転輪廻の際がないのです。
▼では、どうしてすべての人が幸福を求めておりながら、
苦しみばかりやってくるのか、
親鸞聖人は次に、一言で教えられています。
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流転輪廻の際なきは、疑情のさわりにしくぞなき。
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「しくぞなき」とは、これ以外ない、
これ一つなんだ、ということです。
苦しみが際限もなくやってくるのは、
「疑情」のさわり一つなんだ。
苦悩の根元は「疑情」一つだ
ということです。
このように、苦しみの根元が疑情一つだと教える人は、
めったにありません。
それは、
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真の知識にあうことは
難きが中になお難し
流転輪廻の際なきは
疑情のさわりにしくぞなき(親鸞聖人)
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と言われているように、
本当の苦しみの元は、
真の知識しか教えられないからです。
「真の知識」の「知識」とは、
仏教を教える人のことです。
その知識の上に「真の」とありますから、
本当の仏教を教える先生を「真の知識」と言われています。
真の知識はどんなことを教えられるのかというと、
「流転輪廻の際なきは疑情のさわりにしくぞなし」
ということです。
苦悩の根元は疑情一つと教えるのは、
真の知識だけです。
ところがその真の知識は少ないから
なかなかあうことができません。
それで親鸞聖人は、
「真の知識にあうことは、難きが中になお難し」
と言われています。
そのあいがたい本当の仏教の先生は、
すべての人の苦しみ悩みの根元は、
疑情というもの一つなんだ、この他にはないんだ
と明らかにするのです。
真の知識が明らかにするように、
苦悩の根元は疑情一つですから、
この疑情がなくなったとき、
人間に生まれてよかったという生命の歓喜が起きて、
絶対の幸福の身になれるのです。
では疑情とは一体どんなものなのでしょうか。
それについては次回お話しいたします。
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■編集後記
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ちなみに苦しみの根本原因は、
欲や怒り、ねたみや執着などの煩悩ではありません。
欲や怒りや執着は、教えられればすぐに自覚できますが、
疑情は自覚がみんな持っているのにないのです。
そのため、疑情を分からせるために、
お釈迦さまは、 欲や怒り、 ねたみや執着などの
煩悩を教えて、瞑想などの
煩悩のコントロールを教えられているのです。
しかし、仏教を教える先生でも、
煩悩のコントロールどまりで、
疑情まではほとんど誰も教えないのです。
全国で何万カ寺もある寺へ行っても、
みんな葬式や法事ばかりで、
ほぼ聞くことはできないでしょう。
しかし、仏教を続けて聞いて行くと、
苦悩の根元がだんだん知らされてきて、
最後、断ち切られるときが来ます。
しかも、これが普通なら、
最初にたくさんあった苦悩の根元が
だんだん減ってきて消える
と思うと思います。
ところが、苦悩の根元はまったく自覚がなかった所から、
だんだん知らされてきて、
仏教を聞けば聞くほど強く知らされて、
最後に一瞬で断ち切られる、
という心の コースをたどるのです。
そのためには、知識や理解が増えるだけでは不十分です。
心が変わっていって苦悩の根元が知らされ、断ち切られて、
絶対の幸福になるところまで、
仏教を聞き抜いて頂きたいと思います。
……ところで冒頭で予告した重要連絡です。
前回話題になった通信コースですが、
募集期間に、やんごとなき都合があり、
申し込めなかったという方がありました。
期限を過ぎてから何とか受講させて欲しいという
ご希望が届いていますので、
若干名の追加募集をしたいと思います。
明日25日の18時から
通信コースの門を開きますが、
今回の追加募集の期間は2日間だけです。
また、もう手が足りないと思えば打ち切ります。
そして、今回が最後になるかもしれません。
絶対の幸福になりたいと思われる方は
今回はお見逃しのないよう、
お早めにお申し込み下さい。
それではお体くれぐれも大切になさってくださいませ。
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発行:長南瑞生(中村僚)
生きる意味をすべての人へ
日本仏教アソシエーション株式会社
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