こんばんは。長南です。
さて前回は、欲望を満たして幸せになれるかどうか
というテーマでした。
そのために欲の心について調べてみると、
私たちの欲望には限りがないので、
欲の心を完全に満たしきることはできないことが
分かりました。
その結果、どれだけお金や物があっても、
もっと欲しい、もっと欲しい、
まだ欲しい、まだ欲しい、限りなく欲しがって、
苦しんでいます。
そこで今回は、
その欲の心をなくす方向性についても
一度考えてみましょう。
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11月22日 503号 ステップその3
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■欲望をなくして幸せになる方法
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仏教では、私たちの苦しみの原因は、
お金や物がないからではなく、
欲の心に代表される、
煩悩だと教えられています。
「煩悩」とはわずらわせ、悩ませるもの
ということで、欲や怒りやねたみそねみの愚痴など、
全部で108あります。
その一番にあげられるのが
「貪欲(とんよく)」で、
欲の心のことです。
それで仏道を求める人は、
煩悩をしずめようとして、
山で修行をするわけです。
煩悩と戦って、なくせれば幸せになれる
ということです。
▼では、修行によって煩悩の火を消し、
悟りを得ることができるのでしょうか。
現在でも修行が行われている比叡山では、
千日回峰行という難行があります。
この修行をする人は、最初のしばらくは、
結界という
「ここから出ちゃいけないゾーン」
から出ずに修行をします。
そして、比叡山の峰道を峰から峰へ
大体一日40キロ歩きます。
マラソンならたいてい平地ですが、
比叡山はアップダウンが激しいので、
はるかに過酷です。
千日間の間には、9日間の断食もあります。
このときは、水も飲んではいけないという
厳しいものです。
普通の人は3日水を飲まないと脱水症状になり、
たいてい一週間水を飲まなければ死にますので、
もう普通じゃない世界です。
それも、一度始めたが最後、
もし途中で挫折した時は、
持参の短刀で自害することになっています。
このような荒行を完遂しても、
煩悩をなくしてさとりを得るなど、
まだまだ全然です。
▼私なら、そこまでやらなくても、
ダイエット程度でも、
なかなか難しいですよね。
ダイエットでしばらく小食にしていると、
余計食べたくなります。
一食抜いたら、ますます食べたくなります。
ダイエットができたと思っても、
リバウンドで、ダイエット前よりも
体重が増えてしまう場合もあります。
欲の心は、しずめようとすればするほど、
噴き上がってくるのです。
煩悩をなくそうとすればするほど、
余計激しく燃え上がるとすれば、
煩悩はなくせるのでしょうか?
▼比叡山が開かれてから、
比叡山を開いた最澄を始め、
たくさんの人たちが難行苦行に励んで来ましたが、
煩悩をなくせた人は、一人もいませんでした。
例えば、約800年前、比叡山で修行された
親鸞聖人も、煩悩をおさえよう、少なくしよう、
できれば断ち切りたいと、
9歳で出家されてから20年間、
血のにじむような難行苦行をされました。
それでもやはり、煩悩をなくすことはできずに苦しまれた
胸の内が『歎徳文(たんどくもん)』に記されています。
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定水をこらすといえども識浪しきりに動き、
心月を観ずといえども妄雲なお覆う。
しかるに一息追がざれば千載に長くゆく。(『歎徳文』)
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「定水(じょうすい)」とは静かな心です。
比叡山は京都と滋賀県の間にありすまので、
比叡山から下を見ますと、琵琶湖が見えます。
修行は特に夜、打ち込みます。
心を一つにしよう、
何とか心を静めようとしていると、
下のほうには琵琶湖の湖水が、
月の光で照らされて鏡のようです。
親鸞聖人は、
「ああ、あの琵琶湖の水面のように、
静かな心になりたい」
静かな心になろうと日夜つとめられました。
ところが、心をしずめようとすればするほど
「識浪(しきろう)しきりに動き」と
心の波が逆巻いてくる。
「識浪」とは心の波です。
心をしずめようとするほど、
しきりに動く識浪が見えてきた。
次の「心月を観ずといえども」の「心月」は、
さとりの心を月にたとえられています。
天を見上げれば、月がこうこうと冴えわたっている。
「あの月が、ハッキリと見えるように、なぜ親鸞の心に、
さとりの月を見ることができないのだろうか。
それどころか、見えてくるのは胸一面覆っている妄雲(もううん)だ」
「妄雲」とは煩悩のむらくもです。
欲や怒りや愚痴で、
人に言えないようなことが思えてくる。
なぜ夜空に輝く月のように、
後生明るい心になれないのだろうか。
今死ぬとなると、暗い心しか見えてこない。
「こんな暗い心のままで、死んでいかねばならぬのか。
こんな一大事を持ちながら、どうして無駄な時を流せよう」
と、どうにもならない心に泣かれています。
親鸞聖人のような方が20年間難行苦行されても、
煩悩のコントロールに落第されたということは、
私たちにはとても無理ということです。
▼それというのも、私たちは
「煩悩具足の凡夫」だからです。
「煩悩具足の凡夫」とは、
「凡夫」とは人間のことです。
「具足(ぐそく)」とは、それでできている、
塊ということです。
雪だるまから雪をとったら何も残らないように、
人間から煩悩をとってしまったら、
人間というものがなくなります。
煩悩の他には何もない、100%が煩悩です。
煩悩でないものが私で、その私を
私ではない煩悩が苦しめているのなら、
私から煩悩をとることもできるんです。
ところが、自分が煩悩となったら、
なくするということは自分をなくすことになりますから、
それはできません。
不可能です。
私たちは「煩悩具足の凡夫」と仏教で教えられているなら、
苦悩の根元は本当は何だと
仏教で教えられているのでしょうか?
いよいよその秘密を公開します。
普通に仏教を学んでいてもほとんど分からない、
仏教の真髄に入って行きますので、
見逃さないようにしてください。
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■編集後記
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これで、欲望を満たすことも、
欲望をなくすことも不可能と
分かってしまいました。
そういえば以前、私が比叡山に行ったとき、
ケーブルカーに一緒に乗っていた比叡山の僧侶に
話を聞いたことがあります。
比叡山を開いた最澄は、
当時の仏教で教えられていた奈良の仏教の、
「仏のさとりを開くことは永遠にできない人がいる」
というのはおかしいのではないかと、
すべての人が救われる天台宗を開いた
ということでした。
ところが比叡山では、
千日回峰行のような荒行を行います。
「人里離れたところでそんな修行をしていて
死んじゃったりしないんですか?」
と聞いたら、先輩が見てくれていたり、
これまでのノウハウを蓄積したりしているので
そういうことはないようにしている
ということでした。
ということは、やっぱり
かなり怖いですよね。
そして、千日回峰行をやるとさとりが開けるのか聞くと、
さとりといっても52あって、
人それぞれ何らかのさとりが開けるだろう、
ということでした。
じゃあ今生で一番最高の52段目のさとりまで
到達できた人がいるのかというと
それはこれまでの歴史上、お釈迦さまだけで、
比叡山を開いた最澄でも10何段で
まだまだだったとのこと。
「どうしてそれですべての人が救われる
と言えるんですか?」
と聞くと、今生の修行は大切な一歩で、
何度も生まれ変わりながらずーっと修行をして行くと、
やがて、仏のさとりをえられるということでした。
それに対して最澄までの仏教は、
生死を繰り返して修行しても、
永遠に救われない人がいる
と教えられていたそうです。
最澄によってすべての人が仏になる可能性がある
と分かったのはいいのかもしれませんが、
それでも出家して一生涯、難行苦行しても全然まだまだで、
生まれ変わり死に変わり修行し続けて行くっていうのは、
普通はできないんじゃないですか?
と聞くと、それで鎌倉時代に
もっといい方法が出てきたと教えてくれました。
それは、お釈迦さまのところへある人が、
天上界に生まれる祈祷をして欲しいと言いに来たそうです。
ところがお釈迦さまは、
石を水にぽちゃっと落とされて、
この石に浮かび上がれと行ったら浮かんでくるか
と聞かれたそうです。
石はその重みで沈んだのだから、
いくら周りで浮かび上がれといっても
浮かぶはずがない。
それが人間だそうです。
ところが、そんな石でも、
船に乗せれば浮かぶだろう。
水に沈む重い石も船に乗せれば
向こう岸まで行くことができる。
向こう岸というのが彼岸ということで
浄土のことだということでした。
そして、その船に乗るには聞く一つだそうです。
じゃあ千日回峰行よりその船に乗ったほうが
いいじゃないですか、と聞いたら、
「私もそう思う」
と言っていました。
やはり天台宗の僧侶でも、
その船がオススメのようです。
その重い石でも船に乗る易行の道を
明らかにされた親鸞聖人は、
その船を「難度海を度する大船」といわれ
「苦しみの波の絶えない人生の海を、
明るく楽しくわたす大船がある。
この船に乗ることこそが人生の目的だ」
と教えられています。
そして、その大船に乗ったらどうなるか、
その光景をこう言われています。
「何度かを度する大船に乗って見る人生の苦海は、
千波万波きらめく明るい広海ではないか。
順風に帆をあげる航海のように、
なんと生きるとは素晴らしいことなのか」
これを現代の言葉で、絶対の幸福と言っています。
では、どうすればその船に乗れるのかというと、
学問もいらなければ修行もいりません。
聞く一つです。
ところが今日の仏教は葬式法事仏教となり、
衰退の一途をたどっています。
日本中で住職のいない空き寺は約2万カ寺、
活動を停止した寺院も2千カ寺以上
と言われます。
荒廃した寺院に老僧が独居して、
死を待つばかりという
悲惨な状況も少なくありません。
日本の仏教の存続が危ぶまれる昨今です。
どんな人でも本当の幸せになれる
仏教の教えを聞くことも、
ますます難しくなって行きます。
そこで、この流れを変えるべく、
いつでもどこでもインターネットで仏教を聞ける、
通信コースを開設したのです。
もう2カ月前に募集を締め切って、
その時受講を始められた方々は、
3分の1くらい進んでいます。
みなさんこのように喜んでおられます。
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仏教は現代の人類に必要な教えです。生きているうちに
たくさんの真の教えに触れることで今現在の苦悩が
相当軽くなります。難しい教えではなく、
子供でも実践可能な人として生きる智慧に満ちています。
(A.Tさん)
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何の勉強にも勝る価値ある通信コースです、
素直な気持ちで取り組めば必ず幸福が近づいてきます。(I.Tさん)
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もう半年もたつのですね。素敵な講義をありがとうございました。
現代の言葉でわかりやすく、比喩を持ってお話しいただいてよくわかりました。
車の運転のときにも、いつも聞いています。
(H.Kさん)
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私のように仏縁のなかった初心者にも、親しみの持てる内容で、
なおかつ徒に枝葉末節に踏み込まないで、
本質を突いた仏教の深いことが学べます。
生きることの意味を考えてきた方には、特にお勧めです。(N.Mさん)
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仏教は人が生きていくうえでの根幹をなすものだと思います。
素晴らしい教えだと思いますので少しでも多くの方に
仏教の教えを受けて頂くとよいと感じております。
(K.Hさん)
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すばらしいご感想をどうもありがとうございます!
これが水面下で進んでいる
仏教の現代史の1ページです。
このような新しい試みをご縁に、
一人でも多くの人の未来が明るくなることを念じつつ、
共に人類の輝かしい未来を築いて行きましょう。
それではお体くれぐれも大切になさってくださいませ。
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└──┘
発行:長南瑞生(中村僚)
生きる意味をすべての人へ
日本仏教アソシエーション株式会社
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Email : support@all.buddhism.ne.jp
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